申命記21章は、力や感情のままに人を扱うことを許さない
申命記21章は、犯人の分からない死から捕虜となった女性、長子の権利、処刑された者の埋葬に至るまで、定められた手順と限度に従って対処するよう命じています。
申命記21章は、自分の力や感情だけで他人を扱うことを許しません。この章では、犯人の分からない死、戦争捕虜となった女性、愛されていない妻の長男、反抗的な息子、木にかけられた遺体が取り上げられています。一見それぞれ異なる規定ですが、誰が責任を負い、どのような手順に従い、どこを越えてはならないのかが具体的に定められています。
犯人が分からなくても、人の死を放置しません
野で殺された人の遺体が見つかっても、誰が殺したのか分からない場合があります。それでも、犯人が見つからないという理由で事件が終わるわけではありません。長老と裁判人たちは現場へ出向き、遺体の周囲にある町々までの距離を測ります。そして、最も近い町の長老たちが雌の子牛を用意し、祭司たちもその場所に来ます。
長老たちは首を折られた雌の子牛の上で手を洗い、自分たちはこの血を流しておらず、その現場も目撃していないと告げます。しかし、自分たちは無関係だと主張するだけで立ち去ることはありません。彼らは神に、イスラエルをお赦しになり、罪のない者の血を民の中に残さないでくださいと願います。
聖書は、この手順を主の目にかなう正しい行いだと述べています。殺人者が分からなくても、罪のない者が流した血を共同体の中にそのまま残すことはできません。そのため、現場に最も近い町の長老たちが自ら出向き、流された血の罪を取り除くための手順を最後まで果たします。
捕虜となった女性を、すぐ自分のものにしたり売ったりすることはできません
戦争で捕らえた女性を妻にしようとする人にも、守るべき手順が与えられています。まず、その女性を自分の家に連れて行かなければなりません。女性は捕虜の衣服を脱ぎ、一か月の間、父と母のために嘆き悲しみます。その期間が過ぎて初めて、二人は夫婦になります。
後になって男性がその女性を喜ばなくなったとしても、自分の思いどおりに扱うことはできません。女性を望む場所へ去らせなければならず、金を取って売ったり、奴隷として扱ったりしてはなりません。戦争に勝ち、捕虜を手にした人にも、越えてはならない一線があります。聖書は、捕虜となった女性を利益のための物のように扱うことを許していません。
愛情の差によって長子の権利を変えることはできません
二人の妻のうち、一人は愛され、もう一人は愛されていないことがあります。しかし、愛されていない妻の息子が先に生まれたのであれば、父親は愛する妻の息子を長子として優先することはできません。本当の長子を認め、その子に二倍の取り分を与えなければなりません。
この命令は、父親の感情と長子の権利を切り分けています。誰をより愛しているかは、相続財産を分ける基準にはなりません。父親は自分の好みではなく、すでに長子に与えられている権利に従わなければなりません。
重大な悪も、定められた場で扱います
かたくなで反抗的な息子が両親の戒めにも耳を貸さないとき、両親がその場で罰を下すことはありません。両親は息子を町の門へ連れて行き、町の長老たちにその行いを伝えます。その処分は、両親の怒りだけで決められるものではなく、長老と町の人々が加わる公の手続きの中で行われます。
死に値する罪を犯した者が木にかけられた後についても、命令は続きます。遺体を夜通し木に残してはならず、その日のうちに葬らなければなりません。罪を罰したからといって、遺体をいつまでもさらしておくことは許されません。刑罰後の扱いにも時間の限度があり、遺体を放置すれば、神が相続地として与えてくださる土地を汚すことになります。
申命記21章の規定は状況ごとに異なりますが、そこには同じ流れが繰り返されています。原因の分からない死が、誰も責任を負わないまま葬り去られることはありません。戦争捕虜は、勝者の所有物のように売られることはありません。愛されていない妻の息子の権利が、父親の感情によって退けられることもありません。罪を扱うときも、個人の望む方法や期間で行うことは許されません。
今日一つ実践するなら、人や取り分について判断するとき、自分の好き嫌いによって、すでに定められている権利を変えていないか確かめてみましょう。申命記21章をもう一度読みながら、それぞれの状況で誰に責任が委ねられ、どのような限度が設けられているのかを順に確かめてみてください。
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