出エジプト記13章はなぜ出エジプトを記念せよと命じるのか
出エジプト記13章で、神はイスラエルがエジプトから導き出された出来事を覚え、子どもたちに語り伝えるよう命じられます。種なしパンと初子の規定が示す意味を見ていきます。

出エジプト記13章は、イスラエルがエジプトから出た出来事を覚え、子どもたちに語り伝えるよう命じられた箇所です。神は、御自分の力強い御手によって奴隷の家から導き出されたことを忘れないようにされました。この章は、種なしパンの規定、初子を聖別すること、そして荒れ野での導きをともに示しています。
出エジプトを記念せよという命令
モーセは民に、エジプトから出た日を記念するよう語ります。彼らは奴隷の家から出てきました。その出来事は人の力によるものではなく、主が御力をもって導かれたことだと説明します。
そのため、イスラエルは七日間、種なしパンを食べなければなりませんでした。その期間、彼らのもとにパン種を入れたパンやパン種があってはなりませんでした。約束の地に着いた後も、この月にこの儀式を守るよう命じられました。
この規定は、一度の感動で終わるものではありませんでした。毎年、定められた時に守るべきものでした。出エジプトは過去の出来事ですが、イスラエルが絶えず覚えておくべき出来事でした。
子どもの質問に語り伝える物語
本文は、子どもが「これはどういうことですか」と尋ねる時について語っています。その問いに対し、親は、主が力強い御手をもって自分たちをエジプトから導き出されたのだと語る必要がありました。
種なしパンの儀式についても、子どもたちに説明しなければなりませんでした。モーセは、この儀式が、エジプトから出た時に主が自分のために行ってくださったことによるのだと教えるよう命じます。ただ規定を守る姿だけを残すのではなく、その理由を言葉で伝えるようにされたのです。
本文は、出エジプトの記憶が手のしるしとなり、額のしるしとなり、主の律法が口にあるようにせよと語ります。イスラエルの日常と会話の中に、エジプトから導かれた出来事を置くようにされたのです。
初子を聖別してささげた理由
神は、人と家畜の初子を聖別し、御自分のものとしてささげるよう命じられました。雄の初子は主のものだと語られました。ろばの初子は小羊によって贖わなければなりませんでした。イスラエルの長子も贖わなければなりませんでした。
モーセは、この規定の理由も子どもたちに説明するよう命じます。ファラオがイスラエルを行かせなかった時、主はエジプトの初子を打たれました。だからイスラエルは、初子の雄を主にいけにえとしてささげ、長子を贖うのだと語る必要がありました。
初子を聖別することは、出エジプトの出来事とは切り離された規則ではありませんでした。神がエジプトでなさったことを覚えさせるための規定でした。
神が荒れ野の道を導かれた姿
ファラオが民を去らせた後、神はイスラエルを、近いペリシテ人の地の道へは導かれませんでした。本文は、民が戦いを見れば心変わりしてエジプトに戻るかもしれないと神が考えられたからだと語ります。神は彼らを葦の海の荒れ野の道へと回らせて導かれました。
荒れ野で主は民の先に立って進まれました。昼は雲の柱によって道を導かれ、夜は火の柱によって彼らを照らされました。雲の柱と火の柱は、民の前から離れませんでした。
出エジプトを記念せよという言葉の後には、実際に道を導かれる神のお姿が記されています。エジプトから導き出された方は、荒れ野でも民の先におられました。
今日できる一つの行動
今日、聖書を読むで出エジプト記13章をゆっくり読んでみましょう。読んだ後、「主が力強い御手をもって、わたしたちをエジプトから導き出されたからである」という本文の言葉を一度書き留めてみてください。この章が繰り返し覚えるよう促している出来事が何なのかを、本文の中で確かめられます。
本文の根拠
- 出エジプト記13章1〜10節
- 出エジプト記13章11〜16節
- 出エジプト記13章17〜22節
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