申命記22章は、隣人の損失や危険を見過ごしてはならないと教える
申命記22章は、迷った家畜を持ち主に返し、倒れた家畜を起こし、屋上には欄干を設けるよう命じています。目の前の損失や危険を見て見ぬふりをしない責任について考えます。
申命記22章の中心には、他人の損失や危険に気づいたとき、見て見ぬふりをしてはならないという命令があります。迷った家畜を持ち主に返し、倒れた家畜を一緒に起こし、新築の家の屋上には欄干を設けなければなりません。申命記22章は、目の前で確認した状況から目を背けず、それぞれの事情を見極め、責任をもって対処するよう教えています。
落とし物は保管し、持ち主に返さなければなりません
1節では、同胞の牛や羊が迷っているのを見たなら、必ず連れ戻して返すよう命じています。持ち主が遠くに住んでいたり、誰のものか分からなかったりしても、その責任がなくなるわけではありません。2節は、その家畜を自分の家に連れて帰り、持ち主が捜しに来るまで預かってから返すよう命じています。
この命令は、ろばや衣服だけでなく、同胞が失ったあらゆるものに当てはまります。本文は1節と3節で繰り返し「見て見ぬふりをしてはならない」と語ります。落とし物を偶然見つけた人は、もはや単なる通りすがりではありません。持ち主が見つかるまで保管し、返す役目を担うことになります。
4節では、同胞のろばや牛が道で倒れている場合について付け加えています。このときも見て見ぬふりをせず、同胞を助けて家畜を起こさなければなりません。前の箇所では失われたものを本来の持ち主に返し、ここでは倒れたものを再び起こします。どちらの命令も、他人の困難を目にしたという事実を、行動を起こす出発点としています。
危険に気づいたなら、未然に防がなければなりません
8節は、新しい家を建てるとき、屋上に欄干を設けるよう命じています。人が落ちてから対処せよという命令ではありません。人が転落するおそれのある場所にあらかじめ欄干を設け、流血の責任がその家に及ばないようにせよという命令です。
それまでの命令が、すでに迷ったり倒れたりしているものを助けることだとすれば、欄干を設けることは、まだ起きていない事故を防ぐための行動です。申命記22章は、すでに生じた損失を正す責任と、予想される危険を減らす責任の両方を扱っています。
6~7節では、母鳥とひな、あるいは卵を一緒に取ってはならず、母鳥は必ず逃がすよう命じています。9~12節では、ぶどう畑に二種類の種を混ぜてまかないこと、牛とろばを組にして畑を耕さないこと、羊毛と亜麻糸を混ぜて織った衣服を着ないことなど、具体的な命令が続きます。本文はこれらの異なる事例を一つの理由で説明してはいません。そのため、記されている区別を越えて理由を推測する必要はありません。
ぬれぎぬと強制による被害を同じ罪として扱いません
13~19節は、夫が妻を嫌い、中傷の口実を作ってぬれぎぬを着せた場合を扱っています。妻の両親は証拠を持って町の長老たちのもとへ行き、長老たちは偽りの訴えをした男を罰します。一方の言い分だけを聞いて妻を罪に定めるのではなく、長老たちの前で事実を確かめたうえで、虚偽の告発をした者に責任を負わせます。
23~27節は、婚約中の女性に起きた出来事を、場所や状況に応じて区別しています。特に野で男が婚約中の娘を襲った場合は、男だけを死刑にし、娘には何もしてはならないと命じています。本文は、娘には死に値する罪がないとはっきり述べています。娘が叫んでも、助ける者がいなかったからです。強制的に被害を受けた人と、暴力によって辱めた人を同じ罪人として扱ってはいません。
章の後半に記された規定は、性的な関係をめぐって起きたことを軽く扱わない一方で、ぬれぎぬや強制による被害については分けて判断しています。すべての事例をひとまとめにせず、確認された状況に応じて責任の所在を見極めています。
今日実践できることは、難しくありません。誰かの落とし物や、すぐに防げる危険に気づいたなら、見て見ぬふりをせず、持ち主に返すか、安全のために必要な措置を取りましょう。申命記22章全体をもう一度読みながら、「見て見ぬふりをしてはならない」という言葉が、どのような行動につながっているのかを確かめることができます。
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