申命記23章は聖さを守る境界を具体的に定める
申命記23章は、会衆と宿営、金銭と約束、隣人の所有物について具体的な境界を設け、共同体の秩序と聖さを守るよう教えています。
申命記23章は、聖さを漠然とした心構えだけで捉えてはいません。主の会衆に加わることから宿営の管理、金銭の貸し借り、口にした約束、隣人の穀物の扱いに至るまで、具体的な境界を定めています。この章の中心にあるのは、神が共におられる共同体が、人や言葉、所有物を粗末に扱わないよう、生活のさまざまな場面で許されることと禁じられることの一線を引くことです。
会衆の境界には、区別と記憶が共にあります
1節から8節では、主の会衆に加わることについて扱っています。まず、性器を傷つけられた者や去勢された者、私生児に関する制限が示され、アンモン人とモアブ人にはさらに長期にわたる制限が定められています。その理由について本文は、アンモンとモアブがイスラエルをパンと水で迎えず、バラムを買収して呪わせようとしたためだと明らかにしています。
しかし、事はアンモンとモアブの望んだとおりにはなりませんでした。主がバラムの言葉を聞き入れず、呪いを祝福に変えられたからです。イスラエルは、自分たちを害そうとした行為を軽く考えてはならず、彼らの平安や繁栄を求めてはならないと命じられました。
一方、エドムとエジプトには異なる命令が与えられています。エドム人は同胞であるため、忌み嫌ってはなりませんでした。エジプト人についても、イスラエルがかつてその地で寄留者として暮らしたことを覚え、忌み嫌ってはなりませんでした。彼らの三代目の子孫は、主の会衆に加わることができました。本文は、すべての民を一律に扱うのではなく、イスラエルとの関係や実際に行ったことに応じて境界を定めています。
神が歩まれる宿営は、実際に清くなければなりません
9節から14節では、戦いに出る際の宿営について扱っています。イスラエルは、あらゆる悪いことを慎まなければなりませんでした。夜に夢精して汚れた者は宿営の外に出て、体を洗い、日が沈んでから戻らなければなりませんでした。
排泄物の処理方法も非常に具体的です。宿営の外に決められた場所を設け、道具と一緒に小さなへらを携え、地面を掘ってから排泄物を覆わなければなりませんでした。聖さは、言葉で宣言するだけの状態ではありません。宿営の内と外を区別し、体を洗い、排泄物を覆うという行動によって保たれるものでした。
本文は、その理由もはっきりと述べています。主はイスラエルを救い、敵を彼らの手に渡すため、宿営の中を歩まれました。そのため、主が汚れたものをご覧になって彼らから離れることのないよう、宿営を聖く保たなければなりませんでした。神が宿営の中におられるという事実は、宿営の管理方法にまで影響を及ぼしたのです。
人にも、金銭にも、言葉にも、越えてはならない一線があります
15節と16節では、主人のもとから逃れてきた奴隷を引き渡してはならないと命じています。その人は、自分の望む町を選んでイスラエルの中に住むことができ、誰も彼を虐げてはなりませんでした。逃れてきた人を再び引き渡すのではなく、自ら住む場所を選べるようにし、抑圧することを禁じたのです。
19節と20節では、同胞に金銭や食物を貸して利息を取ってはならないと繰り返し命じています。外国人からは取ることのできる利息も、同胞から取ることは認められませんでした。同じ共同体に属する人の困窮を、自分の利益を増やす機会にしてはならないという一線が引かれたのです。
21節から23節では、誓願について扱っています。誓願を立てないことは罪ではありませんが、自ら進んで口にした約束は、そのとおりに果たさなければなりませんでした。約束の実行を遅らせることも、軽く考えてはなりません。口から出た言葉には、実際に行う責任が伴ったのです。
24節と25節では、隣人のぶどうや穀物を食べることを認めながらも、その範囲を制限しています。ぶどう畑では満足するまで食べてもよい一方、容器に入れて持ち帰ってはなりません。手で穂を摘むことはできても、鎌を入れてはなりませんでした。その場の空腹を満たすことは許されましたが、隣人の収穫物を自分の取り分のように持ち去ることは認められなかったのです。
今日できる一つの行動は、すでに口にした約束の中で、先延ばしにしていることがないかを確かめ、実行することです。申命記23章は、新しい約束を数多く作るよう求めてはいません。自ら進んで口にしたことを、その言葉どおりに行うよう求めています。申命記23章全体をもう一度読みながら、会衆と宿営、人との関係と言葉、所有物に設けられた境界を順に確かめることができます。
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