民数記30章は誓願にどのような責任を求めているのか
民数記30章は、主に立てた誓願を口にしたとおりに果たすよう命じています。誓願を立てた本人と、それを聞いた家族にどのような責任が伴うのかを見ていきます。
民数記30章は、主に誓願を立てたり、自らを戒める誓いを立てたりした人に対し、口にしたとおりに実行するよう命じています。また、父親や夫がその誓願を聞いたとき、どのように応じたかについても責任が伴うことを示しています。この章では、誓願として口にした言葉と、それを聞いた日に下した判断は、軽々しく変えられるものではないことが繰り返し語られています。
口にしたことは実行しなければなりません
モーセはイスラエルの諸部族のかしらたちに、主の命令を伝えます。人が主に誓願を立てたり、自らを戒める誓いを立てたりしたなら、その言葉を破ってはなりません。口にしたことをすべて実行しなければなりません。
この命令は、民数記30章全体を貫く基準です。誓願は、口にしただけで終わる言葉ではありません。自分の口で定めたことを、実際に守るべき約束です。この後に挙げられるさまざまな事例も、誰が誓願を立てたのか、誰がその言葉を聞いたのか、そして聞いた日にどのような反応を示したのかによって、この基準に沿って区別されています。
父親の家にいる若い女性が誓願を立てた場合には、父親の反応が取り上げられます。父親がその誓願を聞いても何も言わなければ、彼女は立てた誓願をすべて果たさなければなりません。しかし、父親が聞いたその日に認めなければ、誓願は有効にならず、主は彼女を赦されます。
聞いた日の沈黙と拒否は異なる結果をもたらします
結婚している女性の場合にも、同じ流れが繰り返されます。夫が誓願を聞いた日に何も言わなければ、その誓願はそのまま有効です。夫がその日に認めなければ、誓願は無効となり、主は彼女を赦されます。
夫の家で妻が誓願を立てた場合も、結果は同じです。夫が聞いても何も言わず、禁じなければ、妻は誓願を果たさなければなりません。夫が聞いたその日に無効としたなら、妻が口にした誓いは果たす必要がありません。
この区別は、本文の中で何度も繰り返されています。何も言わないことは、判断を先送りする中立的な態度とはみなされません。聞いた日に沈黙すれば、誓願を守ることを認めたとされます。聞いた日にそれを禁じれば、誓願は無効になります。誓願を立てた人が口にした言葉だけでなく、その言葉を聞いた人の即時の反応も、明確な結果をもたらすのです。
やもめや離婚された女性が立てた誓願は、守らなければなりません。この場合については、父親や夫が誓願を認めたり無効にしたりする手続きが付け加えられていません。したがって、口にした誓いを守らなければならないという2節の基準が、そのまま適用されます。
後から判断を変えても責任は消えません
夫が妻の誓願を聞いた後も何も言わずにいれば、その誓願を守ることを認めたことになります。ところが、聞いてからしばらくたった後に誓願を無効にするなら、夫が妻の咎を負うことになります。初めは沈黙して誓願を有効にしておきながら、後になってそれを覆す行為には、夫の責任が伴うということです。
この箇所は、民数記30章で同じ内容が繰り返される理由をはっきりと示しています。誓願を立てた人は、口にしたことを実行しなければなりません。誓願について判断する立場にある人は、それを聞いた日に認めるか、禁じるかを決めなければなりません。一度確定した結果を後から変えたとしても、それに伴う責任まで消えるわけではありません。
今日実践すべきことも、この基準から直接見いだせます。主の前で何かをすると約束する前に、それを本当に実行できるかどうかをまず考えてみましょう。すでに立てた誓願があるなら、軽々しく変えず、自分が口にした内容を確かめ、そのとおりに実行することが民数記30章の命令にかなっています。章全体を改めて確認したい方は、聖書を読むで民数記30章を順に読むことができます。
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